pathfinder

世界を暴く

「アスカと綾波どっちが好きですか?」

という質問をされた。丸々三秒は硬直して絶句した。

それにしても何で俺は硬直して絶句する必要があった? その後、うーんマヤさんがいいねぇなどと茶を濁しながら考えた結果、想到したのは次のような結論だ。

アスカと綾波のどっちが好きかという質問は危なっかしいのである。この質問はちょうど、「あなたは神を信じますか?」とか「あなたはマルクス主義者ですか?」とか訊くのとまったく同じ仕方で危なっかしい。

われわれは通常、アニメヒロインを、髪型がいいですねえとか性格がいいですねえといった仕方で好きになる。表層の次元で好きになる。表層の次元で表象された女性についての諸特徴を材料に、脳内で恋愛模様等々を仮想してみて、あ、こいつとなら幸せな感じにいちゃいちゃできそうであるなあ、などと得心してそいつを好きになる。

それに引き換えここに表現されているこのクソアマとはいちゃいちゃできそうにないなあと思うこともある。さっきのは好きだがこいつはそれほど好きになれない。

これを繰り返してわれわれはヒロインについての選好順序を用意する。確認しておくが表層の次元における選好順序だ。小鳥遊六花と丹生谷森夏のどちらが好きかというのはまったくこの次元での問いである。つまり、彼女について口癖が可愛いから加点一、彼女についてあの場面で性格悪かったから減点一という話である。さて俺はこれについては問題があると思わない。俺はためらうことなく丹生谷森夏の方が好きであると答えることができる。

だがアスカと綾波の場合は違う。

新世紀エヴァンゲリオンとは次のような話だ。母との対幻想に閉塞するナルシスたることを辞め、つらくても現実的生を生きなさい。この二項対立のうち、前者を象徴するのが綾波(というかユイ)であり、後者を象徴するのがアスカである。

ここにおいて、綾波が好きとかアスカが好きという質問は、表層の次元における選好とはまったく異なる意味を持つことになるはずだ。この質問は人生観・世界観の選択問題へと変貌する。

政治と宗教と野球の話はするなとしばしば言われる。争いを避けるための処世訓である。ところで、なぜこれらの話をすると争いが生じるのだろうか? 思想信条上の敵とは絶対的な敵であって、性格がイイから加点一、イケメンだから加点一、といったように、漸進的に仲良くなっていくということがまったく不可能なものだからである。これらトピックにおける食い違いは、絶望的に架橋困難なのである。というのもおそらくは政治も宗教もどちらもが、まあ野球はちょっとわからないが、人生設計の全体と世界把握の仕方全体とに関わるものだからだろう。人生観・世界観レベルにおける食い違いは、ほとんど絶対的な食い違いである。少なくともちょっと話しただけで和解可能なものではない。かくして政治と宗教と野球の話はするなという処世訓は流通する。

グレートマザーのもとでの管理された安息と、残酷な現実の中での自由なエゴの相互衝突というのは、絶対に相容れることのない二つの異なる世界観であり思想である。このどちらを選ぶかという問いは、だから、神は存在するか否かという問いや、資本主義経済体制に搾取はありやなしやという問いと、まったく等しく深刻で破滅的である。

「アスカと綾波どっちが好きですか?」というのはそのような問いだ。危険で深刻で破滅的な問いだ。エヴァというアニメが、自ら巨大な問題提起と化す中で、この問いはまったく抜き差しならない絶対性を獲得した。これは楽しく気楽な話題ではない。だから生活の中で突然このような問いをぶつけられると、われわれはもう、完全な硬直を余儀なくされる。



……だが、硬直はいいとして、俺はなぜ絶句したんだ? 俺は、少なくとも学生のうちは(学生なんです)、立場に甘えて、自らの主義主張と世界観とを無責任にも開陳していくことを心に決めている。で俺は自由を何より愛する人間である。だから俺は「アスカと綾波どっちが好きですか?」と訊かれたら、硬直しながら断乎として、アスカが好きだと答えればいいはずである。ところがそうはいかなかった。

理由は分かってる。俺は表層の次元では断然綾波を好んでいるからである。そりゃーアスカも魅力的ではある。でも所詮人間の魅力だ。綾波のそれとはオーラの時点で段違いだ。俺の趣味と嗜好のセンサーはどうやらそう判断するよう出来ている。

かくして俺はアスカが好きであって綾波が好きである。観念的にアスカが好きであって感覚的に綾波が好きである。ここに決定不可能性がある。で決定不能はもちろん絶句を招来する。それで標記の問いに対し、俺は硬直するとともに絶句もせざるを得ない。……まあこれで学習したから、次からは絶句せず、マヤさんいいよネーと即答するけどね。それかトウジの妹とか言う。

結局何が言いたいのかというと、主題に反した表層的魅力配分を行った旧エヴァ*1は、俺の嗜好に適ってなくて不満だということである。

*1:新ヱヴァ、というか破はちょっと違うかもと思うのである。というのもエヴァにおいてグレートマザーの真の象徴はレイではなくてユイなわけだが、破の試みというのはユイ的なるものからレイを切り離して救い出そうというものとして解釈可能だからだ。でもなんか、その話はQで、さしあたってはどっかにぶっ飛んでっちゃったね。次ので黒波さんがどうなるかが楽しみです。