pathfinder

世界を暴く

クッキークリッカーについて

究極の数字いじりゲーだと言われてて実際その通りなんだが、加えて言えばマッドでイルなSFだから面白いのだと思う。牧歌的なクッキー焼きゲームだと思ったらいつの間にか冒涜的で宇宙的な諸々に囲繞されているというのがイイのだ。

冒涜的で宇宙的ってのはどういうことか。もちろん色合いとか言葉選びのセンスとかもそうなのだが、それこそ数字いじり要素も劣らずそうだと思うのである。クッキークリッカーの数字いじりの構造は、それだけで十分に陰鬱な未来予想図として独り立ちしている。

クッキークリッカーというゲームをプレイするわれわれは、最初は手でクリックしてちまちまクッキーを稼ぐわけだが、工場建てたぐらいからイノベーションと資本主義の波濤を浴びることになる。拡大再生産に次ぐ拡大再生産がわれわれをわけのわからぬ世界に押し流していく。次々と新しい設備に手が届くようになり、生産効率はほとんど指数関数的に伸張していく。

だがそれも反物質コンデンサに行き着くまでのことだ。急拡大はこの設備でもって打ち止めとなる。反物質コンデンサにまで辿りついてしまったわれわれは、以後生産効率を基本的には等差的にしか伸ばしてゆくことができない。

ここで問題が起こる。物価は依然として等比級数的に上昇していくのだ。同じ設備を購買するのに以前の何十何百倍ものクッキーが要求される。

帰結は当然、成長の鈍化として現れる。クッキーの生産速度が数億から数十億/秒に達するあたりで、ゲームはそれまでとは異なる手触りを返してくるようになる。腰を据えて貯金を進め、じっくり、じわじわと、生産を拡大していくことになるのだ。

アップグレードを付けていくのもいい。パーセンテージボーナスは以前よりはるかに重要だ。設備の追加設営に今やはっきり勝る効率で、それらは生産効率を引き上げてくれる。とはいえアップグレードにかかるコストの桁数も加速度的に増えてゆくので、われわれはこちらの面でも結局停滞を余儀なくされる。

というわけで、狂騒から覚めたわれわれの手許に残された世界は次のようなものだ。まず生産効率の伸びは遅々としておりたかが知れている。それに対して物価は急上昇している。価格上昇はこれほどのものだと生産設備に限られたものではないはずで、たぶんこの世界では年々増える人々が一定量の生活資料を争うように求めあっているのだ。一切れのクッキーに昨日は百人が群がっていたと思えば今日は千人が群がっているのである。

このマルサスの悪夢がクッキークリッカーの示す陰鬱な未来予想図だ。マッドでイルなSF的意匠を絶妙に捉え抜いた風刺的寓意だ。それゆえクッキークリッカーは数字いじりゲーとして面白いというそのことにおいてSFとして面白い。